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     生体肝移植を体験して(3)  〜肝がんからの生還〜

生き残れた理由と術後の生活     /  毛屋嘉明  (2010.10.18)

移植後8年。お陰様でスキューバダイビングを楽しめるほど元気に。
(2010年7月石垣島にて)
手術後
移植は成功したものの、私の血液中にはまだC型肝炎ウイルスが残っているため、6年間インターフェロン治療を継続した。幸い、今は消滅したので中断している。

 退職後は新たに個人事業者として小さな会社を興し、それを一つの生きがい・収入源としている。手術後は毎年治療費の支払いが100万円ほどかかっていた。
免疫抑制剤は死ぬまで飲み続けなければならず、その薬だけでも1月5万円ほど掛る。しかし、今年4月から生体肝移植の更生医療費の補助金制度ができて、一月の限度額1万円で済むようになった。がん治療費が掛らなくなって助かっている。また、1級の身体障害者手帳も交付されるようになった。

 私はがんになって「なんで私だけが・・・」と思った事もあったが、今はかえって「がんになって良かった」と思えるようになった。
 家内とはいつも「これが最後になるかもしれない。元気なうちに行こう」と暇を見つけては、国内、海外旅行によく出かける。今年は5月にチベットの九賽溝・黄龍に行った。海抜3,500m〜4,000mの高地を5時間歩けた時は取り戻した健康を実感した。高山植物のケシの花もきれいだった。

九賽溝臥龍海 標高2,125m

海抜4,000mの高地にて高山植物のケシの花
生きていればこそ
7月には同年退職した友人と石垣島にスキューバダイビングに行きマンタを見た。このスキューバは闘病中に健康のためにと息子と始めたものだが今も続いている。
 9月には家内とカナディアンロッキー、ラスベガス、グランドキャニオン、ナイアガラの三大絶景を回るツアーに参加した。これも生きていればこそ出来たことである。

アンテロープ・キャニオン
 闘病中にふと公民館から流れてくる声に誘われて入った「謡曲」。これは10年以上たつ今も続けている趣味である。腹式呼吸で腹の底からから大きな声を出すので、健康維持に役立っている。また退職後に謡曲仲間から進められて始めた「太極拳」も同じ腹式呼吸でストレッチ・バランス・筋トレの3つのトレーニングが取り入れられているため、これから年を取っていく私にとって大切な運動であり長く続けたいと思っている。

黄龍五彩池 標高3,556m

パンダ
3.私が生き残れた大きな理由

その第一は早期発見できたことであろう。私の場合は高校の友人に肝臓の専門医がいて、インターフェロンの段階から早く相談できたことがよかったと思う。誰でも早期にがん検診を受け、早期発見・早期治療が出来ることを願っている。 また、早期がんの為、すぐにがん告知を受け患者としての自覚が出来た。
 第二は内科専門医が私の病状に応じ外科、放射線科と相談して、最適の治療法を提案しチーム医療が出来たこと。いまではそれが常識となっているが、10年前はまだ縦割りがはっきりしていたのではないかと思う。
 第三には最後まであきらめなかったこと 。
私は、10年間の闘病中、対症療法ではあってもその時の最新の治療方法を選択していれば、医学の進歩の方が追い付き何とか生き残れるとの信念を持ち続けた。

西洋医学に反対して民間の代替療法にばかり走り大切な時間を過ごす人もいる。
 私の場合は、先端医療の進歩により命を助けられた。その進歩がなかったらもうすでにこの世にはいなかっただろう。自分に合った情報を求めて自分なりに納得いくまで勉強した。

 前に書いたがサプリメントも人に勧められるまま、いろいろ買って試したが効かなかった。その資金は次のどうしても必要となる医療費に残しておいた方が良かったと思っている。